世界で「再発見」される相米慎二の4Kプロジェクト - JFDB Column #12

国際的な再評価が高まる、相米慎二監督の『お引越し』4Kレストア版の背景

2023年度の国際映画祭における日本映画の評価を振り返る上で、第80回ベネチア国際映画祭のクラシック部門(Venice Classics)にて、相米慎二監督の『お引越し』4Kデジタルリマスター版が「最優秀復元映画賞」を受賞したことを忘れてはならない。今作は1993年、第46回カンヌ映画祭の「ある視点」部門(Un Certain Regard)に出品されており、30年の時を経て、再び国際映画祭で注目されることとなった。

今作は、相米が所属していた映画監督たちによる製作会社ディレクターズ・カンパニーの1992年の倒産を受け、その後、環境を変えて、大阪の読売テレビと組んで制作したもの。両親の不和が決定的になりつつある状況に徹底抗戦する小学六年生の少女、レンコのひと夏の成長を描いた作品である。

読売テレビでのレストア版のプロジェクトの一員で、同社の海外セールス担当の野口絢子氏によると、「フィルムの経年劣化から映像資産を守らなければという話の中で、同年ベルリン国際映画祭で『台風クラブ』上映決定のニュースも4K化に踏み切る後押しになりました」と語る。

相米は生前、カンヌやタオルミナ映画祭に参加しているが、国際的に広く知られていたとは言い難い。2001年の死後から10年経って、2011年の東京フィルメックス、2012年のナント映画祭、エディンバラ映画祭、パリシネマテークなどを皮切りに、海外で相米のレトロスペクティブが拡大し、ファンを増やし、日本でも2021年、没後20周年の特集上映で若い世代に再発見されるムーブメントが起こった。読売テレビが『お引越し』のデジタル化を進める中で、フランスの販売代理店MK2フィルムズから熱烈な呼びかけがあり、早い段階で全世界セールスの協力体制が取れたのも良かったという。

4Kレストア版は、撮影監督の栗田豊道(『チャイナ・シャドー』『御法度』)の監修のもと、35mmのオリジナルネガフィルムから5K解像度によるスキャンを行い、4Kデジタルリマスター作業を実施した。修復作業を担当したポストプロダクションの株式会社クープの庄司光裕(しょうじ みつひろ)さんに具体的な作業内容を聞いた。

『お引越し』は当時、デイシーンとナイトシーンとで違うフィルムを使い分けてコントラストをつけていたが、当時の技術では表現しきれない領域があった。今回、栗田氏には4K化に加え、HDR(ハイダイナミックレンジ)という従来のSDR(スタンダードダイナミックレンジ)に比べてより広い明るさの幅を表現できる表示技術で「新しい映画として仕上げたい」との明確な狙いがあったという。フィルムの粒子を残す方法論もあるが、今作では可能な限り除去した。また、デイシーンでの差し色として多用されている赤と、ナイトシーンのシアンブルーをより鮮明に効かせ、一カットずつ、色彩構成を作り変えたという。異例なこととして、一度完成した作品の試写会を見た結果、映像に合わせてサウンドもやり直したという。

ベネチア国際映画祭のクラシック部門にノミネートされたのは小津安二郎監督の『父ありき』(1942年)、ウィリアム・フリードキン監督の『エクソシスト』(1973年)、テレンス・マリック監督の『天国の日々』(1978年)、 フランシス・フォード・コッポラ監督の『ワン・フロム・ザ・ハート』(1982年) などの20作。中でも『父ありき』は、太平洋戦争後、GHQの検閲を経た松竹所有の16mmのマスターポジ(87分)の音声に問題があり、その後、35mmにブローアップしたが、当時の技術では完全修復には至っていなかった。近年、ロシアで別バージョンが発見され、国立映画アーカイブ所蔵の72分の素材をもとに、それぞれの欠落部分を補い、1942年の公開時、94分あった作品の92分までに再生した最長版での出品で、歴史的な意味あいも大きかった。

結果として、『お引越し』が受賞したが、前出の野口氏は、正式上映の際に、『悪は存在しない』でコンペティション部門に参加していた濱口竜介監督が登壇し、解説したことが、相米慎二を世界に発信することへの強力な支援になったとみる。

濱口監督は相米慎二が国際的に知られていないのは不可解であると前置きしたうえで、子どもを主役に、長回しという手法を用いて撮影した青春映画の数々を、「(相米)映画の凄まじさというのは、生命力みたいなものが溢れてきて、『アイドル映画』という枠組みを“アイドル達が”突き破ってしまう瞬間にあります」と述べた。また、主人公レンコ役の田畑智子について、「彼女の声にも是非耳をすませてほしいと思います。それを聴いたら彼女自身を信じることができるような生命力にあふれた声です。字幕を読むだけではなく、是非声を聴いていただきたいなと思います」と、サウンドにも言及。濱口監督は『父ありき』でも同様に解説を行い、先人たちの優れたナビゲーションとしての役割を果たしたのだ。

『お引越し』4Kデジタル修復版は日本に先んじ、昨年、フランスでの公開がスタート。台湾、アメリカ、オランダでの一般上映も決まるなど、世界展開が続く。相米監督が読売テレビと組んだ『夏の庭-The Friends-』も先ごろ、クープでデジタル修復が行われた。『お引越し』と『夏の庭』は、夏休みを舞台に、子どもが大人へと変貌する瞬間を切り取り、親しい人との別れという題材も描く。どの時代の子どもにも響くことだろう。

金原由佳(きんばら ゆか)
金原由佳(きんばら ゆか)
映画ジャーナリスト。兵庫県神戸市出身。約30年で2000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。現在、「キネマ旬報」ほかの映画誌、朝日新聞、Figaro japonで映画評やインタビューを執筆。共著に「相米慎二という未来」(東京ニュース通信社)。相米慎二没後20年の命日に発売された単行本「相米慎二 最低な日々」の編集や、20周年特集のトークイベントなど講演・司会も務めた。

夏の庭 The Friends

夏の庭 The Friends (1994)

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お引越し (1993)

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監督
相米慎二
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