鍛えられた演技と温かな人間味...
「女優らしくない大女優」香川京子の作品群
名だたる巨匠監督の代表作に出演した華麗な経歴を持ちながら、女優というイメージに付きまとう近寄りがたさや偉ぶったところは少しもない。いつも丁寧に誠実に取材に応じてくださる。まさに「女優らしくない大女優」である。
1949 年、新聞社の新人俳優募集企画に応募して合格、新東宝に入社する。映画会社専属が当たり前だった時代に、3年ほどでフリーになった。作品を自由に選びたいと自ら望んだのだ。そのおかげで、会社の敷居を越えて多くの監督と仕事をすることになった。
『近松物語』では、溝口健二監督に「反射してますか」と厳しく指導されておさんを演じきり、演技に開眼。『東京物語』での親思いの末っ子、京子は、清楚なイメージにぴったりだった。小津安二郎監督の指名だったという。黒澤明監督の『赤ひげ』では、鬼気迫る狂女に体当たり。遺作の『まあだだよ』まで5作に出演した。成瀬巳喜男監督の『おかあさん』で田中絹代と娘役で共演。成瀬監督には珍しいコメディで、巧みなコメディエンヌぶりを発揮している。家城巳代治監督の『ともしび』、山本薩夫監督の『人間の壁』など、志を掲げた独立プロの作品にも関わり、今井正監督の『ひめゆりの塔』への出演をきっかけに、平和への思いを強くして反戦活動にも参加する。
年齢を重ねて母親役が増えるが、熊井啓監督の『式部物語』で演じた伊佐は、事故で人が変わった息子のために自らを捧げる激しさを持った母親で、演技の幅を改めて感じさせた。
近年は経歴を仰ぎ見る若手からの依頼に応えることも増えた。『東南角部屋二階の女』は、池田千尋監督のデビュー作。戦争の記憶を映画にもたらす役どころ。近作『モルエラニの霧の中』では、オムニバスの中のファンタジーめいた一編で、謎めいた女性を静かに演じた。映画黄金期の巨匠たちに鍛えられた演技と温かな人間味が、作品に豊かな品格を与えている。長い女優歴の中の作品群はじつに幅広い。じっくりと堪能していただきたい。