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三隅研次 (1921-1975)

MISUMI Kenji

1941年、日活京都撮影所に入社し、程なく応召する。戦後、抑留先のシベリアから帰国し、大映京都に復職。衣笠貞之助、伊藤大輔ら名匠の助監督に就き、1954年に監督デビューを果たす。大映が倒産する1971年までに、『四谷怪談』(1959)、『眠狂四郎勝負』(1964)など60本の監督作を世に放つ。晩年は、『子連れ狼 子を貸し腕貸しつかまつる』(1972)等の映画を監督する一方、テレビドラマの演出も多く手がけた。1950年代末から衰退の一途を辿りつつあった撮影所システムの内側において、意表を突く画面設計や、物語をスピーディーに省略する編集によって、時代劇に革新をもたらす。会社が主導した仕事に励む多産的な監督であると同時に、独自の表現を作品に刻む作家でもあった。度肝を抜く殺陣描写がクエンティン・タランティーノの『キル・ビル Vol.1』(2003)に影響を与えたり、2022年にチネマ・リトロバート映画祭で特集が組まれたりするなど、その業績は世界的に振り返られている。

(国立映画アーカイブ企画上映プログラムより/構成:星 遼太朗)