JFDB Column #06

若い映画人が積極的に国際映画祭に参加する流れを作った1990年のチャレンジとは

1990年代の日本映画界は、インターネットの台頭とともに、1960年代生まれの若い映画人が、積極的に国際映画祭に参加し、世界のマーケットを目指して、ダイレクトに作品を届けることが可能となった時代だった。フィルムメーカー、批評家、配給側がそれぞれ新しい才能を発見するなかでダイナミックに交差する状況が生まれ、旧来の映画会社のシステムを脱構築する動きが加速した。

大手映画会社の中で、いち早く、新人発掘に動きを見せたのは松竹のプロデューサー、奥山和由だ。深作欣二のスケジュール上での降板を受け、ビートたけしに打診したことで、映画監督・北野武が誕生し、その監督1作目となる『その男、凶暴につき』が生まれた。奥山はこの作品でもうひとり、後に国際映画祭で活躍することとなる人材を育てている。後に東京国際映画祭のディレクターになる市山尚三で、この作品ではプロデュースとして参加。北野は後に世界で高い評価を得る黒沢清、三池崇史、青山真治の作品にも常に誉め言葉として付きまとった、「唐突な暴力性が伝播する世界観」は、多くの後人に強い影響を与えることとなる。監督3作目『ソナチネ』は1993年5月の第46回カンヌ映画祭「ある視点」部門に出品され(同年、同部門に相米慎二の『お引越し』も出品)、翌1994年にはロンドン映画祭に招聘された。1997年のベネチア国際映画祭で『HANA-BI』が最高賞の金獅子賞を受賞する。1997年はカンヌ映画祭の最高賞に今村昌平の『うなぎ』が、最優秀新人賞にあたるカメラドールに河瀨直美の『萌の朱雀』が選ばれた。

河瀨の作品をプロデュースしたのは鉄鋼業界から映画業界へと参入した仙頭武則。WOWOW(当時)で、利重剛の『BeRLiN』(1995年)、青山真治の『Helpless』(1996年)、諏訪敦弘の『2/デュオ』(1999年)と同世代の新人監督のデビュー作を次々と手がけ、『女優霊』(1996年)で組んだ中田秀夫とは『リング』での大ヒットを経て、ハリウッドにも及ぶホラーブームを仕掛けるに至る。仙頭が本数多く組んだ映画監督は青山真治で、モノクロームによる3時間37分という『EUREKA』(2000)でカンヌ映画祭での批評家連盟賞とエキュメニック賞のW受賞は、日本映画の表現の枠を、ひとつ大きく広げた功績として記憶しておきたい。青山は残念ながら、2022年3月21日に逝去したが、直前まで仙頭と新作の準備中だったという。

さて、1990年代の20代、30代の映画監督たちが国際映画祭で紹介されるに至っては、国際交流基金やぴあフィルムフェスティバルの日本からの後押しと共に、映画祭をベースに活躍していたプログラマーや映画批評家の存在が大きい。1980年から1994年までベネチア国際映画祭ともコラボレーションし、アジア映画のセレクションをキュレーションしたマルコ・ミュラーはその世界で知らぬ者がいない存在だ。北野武、三池崇史をヨーロッパに広めた功績で知られるイギリスの映画批評家で、数々の映画祭のプログラマーを務めたトニー・レインズや、黒沢清の『CURE』(1997年)の先駆性をフランス、ル・モンドで書いたジャン=ミシェル・フロドンもいる。

また、アジアの多様な映画監督たちを配給と制作という両面で支えた存在として挙げられるのが、オランダ人のバウター・バレンドレクトだ。彼は1990年代、自身の運営する配給会社フォルテシモで塚本晋也の『鉄男II BODY HAMMER』(1991年)や三谷幸喜の『ラジオの時間』(1997年)、諏訪敦弘の『M/OTHER』(1999年)のワールドセールスを担当。1997年にウォン・カーウァイの誘いで香港にベースを置いたことで、アジアワイドの映画制作に進出する。フランス在住のトラン・アン・ユンが村上春樹の原作を映画化した『ノルウェイの森』にもプロデューサーとして参加。その彼の代表作のひとつが黒沢清の『トウキョウソナタ』(2010年)だと言えるだろう。大変、悲劇的な喪失と言えるが、バウターは2009年、心不全で43歳の若さで急逝する。彼の名は、香港国際映画祭併設の企画マーケット「Hong Kong - Asia Film Financing Forum」(HAF)の"バウター・バレンドレクト賞/Wouter Barendrecht Award"として、来るべき才能の登竜門として生き続けている。

そして2022年3月28日、アカデミー賞®の国際長編映画賞に濱口竜介の『ドライブ・マイ・カー』が輝いた。この映画の制作の中心となったのが、1997年、カンヌを機に一躍国際的な監督となった河瀨直美の『萌の朱雀』を配給したビターズ・エンド(代表・定井勇二)だ。1990年代に萌芽した30代の映画人たちのチャレンジは、今、50代となった彼らが若い映画人と組む企画で花開いている。

金原由佳(きんばら ゆか)
金原由佳(きんばら ゆか)
映画ジャーナリスト。兵庫県神戸市出身。約30年で1000人以上の映画監督や映画俳優のインタビューを実施。現在、「キネマ旬報」ほかの映画誌、朝日新聞、「母の友」、LEE WEB版などで映画評やインタビューを執筆。共著に「相米慎二という未来」(東京ニュース通信社)。相米慎二没後20年の命日に発売された単行本「相米慎二 最低な日々」の編集や、20周年特集のトークイベントなど講演・司会も務めた。
ドライブ・マイ・カー

ドライブ・マイ・カー (2021)

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  • 劇映画
監督
濱口竜介
キャスト
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ノルウェイの森

ノルウェイの森 (2010)

  • ドラマ
  • ロマンス
  • 劇映画
監督
トラン・アン・ユン
キャスト
松山ケンイチ, 菊地凛子, 水原希子
トウキョウソナタ

トウキョウソナタ (2008)

  • ドラマ
  • 劇映画
監督
黒沢清
キャスト
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月の砂漠 (2001)

  • 劇映画
監督
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キャスト
三上博史, とよた真帆, 柏原収史
火垂

火垂 (2000)

  • 劇映画
監督
河瀨直美
キャスト
中村優子, 永澤俊矢, 山口美也子
萌の朱雀

萌の朱雀 (1997)

  • 劇映画
監督
河瀨直美
キャスト
國村隼, 尾野真千子, 和泉幸子