ベルリン銀熊賞受賞の濱口竜介監督、
その驚きに満ちた作品群とは
3月にオンラインで行われた第71回ベルリン国際映画祭で、濱口竜介監督の『偶然と想像』が審査員大賞を受賞した。3大国際映画祭のひとつで最高賞に次ぐ大きな賞を得て、濱口監督、いよいよ世界の舞台に躍り出た。
濱口監督が広く注目されたのは、『ハッピーアワー』が2015年のロカルノ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞してからだろう。4人の女優が同時受賞、しかもみな映画初出演、作品は5時間超の長編と異例ずくめだった。
濱口監督は東京大学で映画研究会に所属、卒業後に東京藝術大学大学院に進む。黒沢清監督らの指導を受け、卒業制作の『PASSION』(2008年)が東京フィルメックスのコンペティションに選ばれた。13年、坂井耕と共同で、東日本大震災のドキュメンタリー『なみのおと』『なみのこえ』『うたうひと』の3部作を公開。『不気味なものの肌に触れる』などの短編を発表し、知る人ぞ知る存在となっていく。大手の映画会社やテレビ局とは組まず、自主製作に近い映画作りで、『ハッピーアワー』も自身が主宰したワークショップが起点となった。初めての商業映画が、柴崎友香の小説を原作に、東出昌大らプロの俳優を起用した『寝ても覚めても』で、18年のカンヌ映画祭でコンペティション入りする。
『偶然と想像』は、同じテーマの作品を3本集めた短編集。3作とも会話劇で、思いがけぬ再会や勘違いから登場人物の間に関係が生まれ、言葉を交わすうちにそのバランスが刻々と移り変わる。
濱口作品は驚きに満ちている。ほとんどが会話なのに、アクション映画のように躍動と緊張がある。「始めと終わりで大きく変化するのが、面白い映画」と言い、その変化を会話によって起こそうとする。そのための演出法は独特だ。「役者と登場人物は別人。セリフを言わせるのは無理がある」と、出演者に撮影に入る前に感情を排して脚本を読ませ、セリフが自然に口から出るようになるまで体に入れる。撮影現場で初めて感情を込め、反応と反射を写し取る。時に棒読みのようなセリフ回しなのに、リアルな感情が確かにある。
映画の長さにもとらわれない。5時間超の『ハッピーアワー』も、40分の短編3本という『偶然と想像』も定形外。「登場人物に愛着があって、関係を見届けたいと思うと尺のコントロールができない」そうだ。
国際映画祭で常連の日本の映画監督は、是枝裕和監督を筆頭に1990年代に進出したベテランが占めていた。昨年も諏訪敦彦監督の『風の電話』がベルリンに出品され、濱口監督も脚本に参加した黒沢清監督の『スパイの妻』がベネチアで監督賞を受賞、河瀨直美監督の『朝が来る』もカンヌで公式選定された。一方で、ようやく若い世代も登場し始めた。昨年は深田晃司監督の『本気のしるし』がカンヌ、HIKARI監督のデビュー作『37セカンズ』がベルリンに選ばれた。新作『ドライブ・マイ・カー』も控える濱口監督も、日本の新たな顔に加わりそうだ。